もくじ
漏斗胸ってなに?
なにか機能的な問題があるの?
手術するかどうかはどうやって決めるの?
いつ手術すればいいの?
どんな手術方法なの?
私たちの漏斗胸手術(名市大二外法)
漏斗胸手術はどれぐらい大変なの?
漏斗胸手術の合併症
手術のきずあとは?
漏斗胸手術後の再陥凹について
術後アンケート調査結果
"漏斗胸ってなに?"
漏斗胸とは,胸の真ん中のおなかとの境界あたりが陥凹しているものです.
生まれたときから陥凹のある子もあれば,後になって徐々に陥凹が現れてくる子もいます.
漏斗胸は家族内発生があり、ある程度の遺伝性があります.
前胸部の肋軟骨(肋骨は背骨からはじまり,湾曲しながら前方に向かいますが,途中から軟骨というやや柔らかい"骨"になっています.)が,一時期ほかの肋骨や胸骨などよりも,速く成長するために,肋骨と肋軟骨との間にアンバランスが生じ,その結果として両方から押されるために真ん中の胸骨が陥凹して"漏斗胸"になると考えられています
肋軟骨の成長により逆方向に力が加わると、胸壁が押し出されて突出し"鳩胸"になると考えられます(図1,2,3).
漏斗胸は基本的に進行性のものですので,成長にともない多くは少しずつ陥凹が進んでいきます.
しかしまれではありますが,なかには自然になおっていく子もあります.
漏斗胸の子どもたちの多くは(大人も),やせ形で胸板が薄いという体型をしています.
筋肉の付きもあまり良いといえる方ではなく,猫背の人が多く見られます.
また時間の経過とともに,陥凹の中心がだんだん右に偏っていき,右側が急峻で左側はなだらかといった非対称の胸壁になっていきます.
これにともなって脊椎の側弯(背骨の横曲がり)が出現すると言われています.
以前に私たちの教室で,漏斗胸の人たちと正常胸壁の人たちの間で脊椎の側弯の頻度を調べたことがありますが,側弯は漏斗胸の人たちに多かったという結果が得られました.
しかし漏斗胸に必ず側弯が起きるわけではありません.
図1.正常胸郭 図2.漏斗胸胸郭
図3.漏斗胸
"なにか機能的な問題があるの?"
ある程度の陥凹を持った例においては,前胸壁の陥凹により,心臓が押されて,左にかたよっていきます.
すると心臓に押されて,その部分の肺がふくらみにくくなります.
これが幼少時には風邪にかかりやすい,また風邪を引くと肺炎になりやすいといったことと関連しているかもしれません.
しかしこの上気道炎の易感染性に関しては,年齢の増加に伴い(通常3歳過ぎる頃から)目立たなくなってきます.
一方,前胸壁の陥凹により肺活量はその分少ないだろうと予測されますが系統的な研究はありません.
またもともと胸が薄いといったことも不利になっているでしょう.
ジョセフのコートで何色です
心臓は押されて位置が変わっています.
普通と心臓の位置が違うため,心電図検査を行うと不完全右脚ブロックという心電図波形が現れることがありますが,心臓の位置が少し違うためだけであることが多いと思います.
心臓の機能自体が低下することはまれだと思われます
以上のように、漏斗胸の子供の心肺機能に"まったく問題ない"とは断定できませんが,機能低下のある例はほとんどないと思います.
日常生活においては,普通の子と何ら変わりなく飛びはねて成長していく子がほとんどです.
したがってこんなに元気なのに手術?と迷ってしまうことにもなるわけです
漏斗胸の手術適応の決定は外見上の異常を本人がどれくらい気にするかが一番大きな要因です.
通常は,幼稚園の年中くらいから人と前胸部が違うということを,他の子どもに指摘されて意識しはじめるようです
場合によってはいじめをうけて,本人の性格が内向的になるといった指摘があります.
就学前後くらいの子どもが,本気でこれを治したいと考えていることはそれほどないでしょうが,気にしている子はずいぶんいると思います.
また小学生ではあまり気にならないが、思春期になれば気になる子が多いでしょう
我々はこの観点から漏斗胸の手術適応を考えています.
純粋に心肺機能の低下の点から医学的に手術が必要な例はゼロではないにしろ、まれです.
したがって変形が強度でも、本人が自分の意志で手術をしないと決断すれば、無理に手術をおすすめすることはありません
自分の意志で決定できない子供の場合、その判断は親にゆだねられ、(だれが見ても明らかな強度な変形を別にすれば)傷をつけることと、変形がなくせることとの間で悩むことになります
子供の変形がどの程度のものか、どれぐらいの矯正効果が望めるか、我々の外来を受診していただければ、適切なアドバイスをさしあげることができます
ここで注意を要することは、漏斗胸の子供は胸が扁平なことが多く、これは後述のどの手術でもなおすことはできないということです。
胸がうすいということが、主な不満の原因であれば手術はすべきではありません。
手術では真ん中のへこんだ部分だけを治すことができますが、胸のうすさは術前と変わりないからです。
また女性の場合は、乳房が発達してくれば胸の中央の多少の陥凹は男性に比べて問題になりにくいと思われます。
手術をするかしないかの決定の参考にするため"見た目"の変形に客観的基準を設けています.
それには胸郭のCT画像をもとに計測して算出した数字(陥凹率D/W)を主に用いています.
陥凹率とは,陥凹の最深部を通るCT横断面において,前胸部の左右の最突出部を結ぶ直線(W)と,Wから陥凹の底に降ろした垂線(D)を引き,D/Wを計算して求めます.
この検査は,3歳を過ぎた頃から始め,1年に1回施行していきます.
この値が小児では0.15、大人では0.1をこえるものは手術する方がよいでしょう
しかし本人・御両親ともに積極的であるならば,よくお話をしたうえでこの基準をやや下回っていても手術をすることもあります.
一方,基準は越えていても本人、あるいは家族があまり乗り気でない場合は,さらに追跡期間を延ばして様子をみていきます.
本格的な集団生活である小学校入学前に手術して矯正することをおすすめしています.
ですから手術時期は幼稚園・保育園の年長の時がベストです.
この時期の手術がもっとも容易で合併症も少なく、矯正効果も良好です
小学校の中学年くらいまでは待って様子をみても,手術による矯正効果はそれほど変わらないでしょう.
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ただし年令が進むにしたがって、胸郭が大きくなり固くなってくるため、手術が大きくなり、また中学生になれば人工のささえ(ストラット)が必要になる可能性が高くなります
この場合は手術が2回必要となります
漏斗胸の手術法はいろいろあります.
おおざっぱに言って,陥凹する胸骨を持ち上げる"胸骨挙上術"と,へこんだ胸壁をとりはずしてひっくりかえす"胸骨翻転術"があります.
胸骨翻転術(あまり行われていません)
- 翻転術は陥凹した胸骨と周囲の肋軟骨を含む胸壁を切離して左右をひっくり返してもとの場所に縫合するもので、へこんでいた部分が盛り上がることになります
私たちの経験からは,"見た目"を矯正する手術にしては、翻転術は手術が大きすぎると考えています.
また傷も大きくなります
漏斗胸の手術は前述のように"見た目"を気にして行う手術なので,術後の傷痕はできる限り小さくまたきれいな方が良いことは当然です.
胸骨挙上術はラビッチという人が始めた手術が広く行われています。
我々の行っている手術はこの胸骨挙上術のひとつです
ラビッチ法は次のようです
- 変形した軟骨を切除します(第3から第7−8肋軟骨まで)
胸骨の裏面に割をいれて楔状の軟骨を埋め込んで胸骨の変形を矯正します
第2肋骨を胸骨の外側で切断して、内側の軟骨を外側の軟骨の上に重ねて縫合(ラビッチ固定)する
というものです。
この方法では切除した軟骨の部分は骨の支えがないため術直後はふにゃふにゃの状態が続きます。
数ヶ月すると固くなってきます
大人でこの方法を行う場合は、胸壁の支えがないと呼吸困難になるため、金属の細い板(ストラット)などの人工物を用いて胸壁を下から支える必要があります。
このストラットは術後半年以降に全身麻酔で同じ傷から取り除きます
症例も200例を重ね、論文、学会などでも発表してきました。
この方法を自信をもっておすすめします
私たちの漏斗胸手術(肋軟骨ブリッジ法)
昭和63年の夏から行っている,私たちの漏斗胸手術です.
この方法は永い時間をかけ、いろいろな方法を経験しながら完成されたもので、他の方法に比べ、術直後の胸壁の固定が十分で、術後長期の矯正効果も良好です。
皮膚の傷は陥凹の中心を通る約7cmの縦傷です.
左右とも3番目から7番目までの肋軟骨を切って短縮します.
ラビッチ法のように切除してしまわず、残った軟骨を胸壁の固定に使うように工夫したものです
8番目は必要なら数cm短縮します.
胸骨を真ん中あたりにおいて横に切断して少し短くします.
この工夫も、かっちりした胸壁の固定に役立っています
両側の5番目の肋軟骨どうしを,短縮してから真ん中で縫い合わせて生体ブリッジとします.
このブリッジに乗せるように横断した胸骨を縫い合わせます.
これで胸骨はブリッジに支えられてほぼ平らとなり,再陥凹しにくくなります.
あとは短くした3番目から7番目までの肋軟骨を胸骨に縫いつけます.
肋骨を切除するだけのラビッチ法とくらべ、胸壁の固さが術直後から十分です
傷を縫合してテープで固定します.
抜糸はしません
大人でこの手術を行う場合は金属の支え(ストラット)を用います
この支えは術後半年以降に全身麻酔下に抜去します
ストラットをあまり早く抜くと再陥凹の危険が増します
手術時間は3時間前後で,出血は80mlから120ml前後で輸血は必要ありません.
術翌日の午後には歩行をはじめます.
術後は傷が痛みますが、その程度は個人差が大きいです
また風船をふくらませて肺が縮まないようにします.
退院は術後8日目にします.
このときは小走りするくらいは,皆平気でしています.
術後1ヶ月間は一般的な運動を制限しますが,胸壁のプロテクターなどはしません.
その後2ヶ月間は前胸部に衝撃の加わることはしないようにしています.その後はまったく自由です.
術創をできるだけきれいにするために,術後約半年間(創部のピンク色が消えるまで)テープによる固定と,薬剤の服用をすすめています.
図3.漏斗胸術前 中央よりやや右に陥凹の中心がみられます.このくらいの陥凹ですと,中等度あたりの漏斗胸です.
図4.漏斗胸術後7日目 傷の長さは,この状態で約7cmです.まだ傷の下が腫れているので盛り上がっているように見えますが,時間とともに平坦になっていきます.
図5.漏斗胸術後6ヶ月 傷の腫れも一段落し,ピンクの色が付いていた傷痕が白くなったころです.テープ固定を続けているため皮膚がやや光って見えます.術直後の腫れがひいてわずかに陥凹していますが正常範囲内です.
"漏斗胸手術は子供にとってどれぐらい大変なの?"
手術を受けた子についてですが,やはり子どもなりに大変だったと考えていることが多いだろうと思います.この件に関して術後に詳細に問診した経験はありませんが,ある兄妹で,兄が著明な漏斗胸で妹は比較的軽度であった例において,兄に術後外来において尋ねてみたことろ,妹に手術しないほうがいいよといっていた例がありました.
しかし,子供達はけっこうたくましく,体調が戻ってくればまったく元と同じようにとびまわっています.
成人の場合は小児期と比較すると手術時間,出血量,術後の疼痛のいずれも大きいです.
"漏斗胸手術の合併症"
創感染 皮下の剥離面積が大きい手術なので滲出液がたまるなどして創感染が起こることがあります(まれです)
術後無気肺 術直後は傷が痛いため、十分深呼吸ができず、肺のふくらみが悪くなります
ひどくなれば肺炎などをおこしますが、痛み止めを使い、またふうせんをふくらませたりして予防します
部分的な無気肺で処置の必要のないものはこの手術後半数以上のひとに見られます
傷の痛みがとれ、元気に歩くようになれば、自然と改善します
"手術のきずあとは?"
傷の大きさは、へこんでいる部分のうえからしたまでを縦に走る約7-10cmの傷です
ムカデの足のような横のすじはつきません
体が大きくなれば、当然傷の長さも長くなります
術直後は傷は一本のほそいすじです
しかし前胸部は比較的傷が広がりやすく、術後何年もしてから、幅の広いケロイド状の瘢痕(はんこん)になることがあります
だれが瘢痕になり、だれがきれいになおるかは手術まえに予測するのは困難です
いったんケロイドになるとこれを切除してもまた再発するひとが多いです
薬を飲んだり、テープをはったりしてこれを予防するようにしています(上の写真をみてください)
"漏斗胸手術後の再陥凹について"
漏斗胸術後は術直後とくらべると、時間がたつにつれ若干の陥凹がみられることが多いです。
術直後は特に傷のはれなどがあり、実際より盛り上がっていることが多く、はれがひくとともに若干陥凹してきます
またどんな手術方法にしろ,人工物を用いて胸骨を長年にわたって支えてやらないかぎり,ある程度の陥凹はさけがたいものです(下のアンケート参照).
しかし人工物を長期間にわたって身体内に留置固定するのは,小児ではできません.
この再陥凹は程度は軽く、正常範囲にとどまるものが多く(正常の方でも胸の中央は少しは陥凹している方は多いです)、再手術の必要のある方はまれです
術後アンケート調査結果
平成11年4月に,以下の無記名はがきアンケート調査を,肋軟骨ブリッジ法手術を受けた本人と保護者に行いました.
1.現在前胸部に陥凹があると思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
2.術前より改善したと思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
3.術後,陥凹が徐々に進んでいると思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
4.手術の傷痕は小さいと思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
5.手術の傷痕がきたないと思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
6.傷の痛みはありますか? a.ある b.ない c.わからない
7.手術の後,より積極的になったと思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
8.手術をしてよかったと思いますか? a.思う b.思わない c.わからない
9.ほかの人にも手術を勧めますか? a.勧める b.勧めない c.わからない
10.全体の満足度を5段階であらわすと?
1大変満足 2満足 3どちらでもない 4不満がある 5大変不満
11.何かご意見があればご記入下さい.
有効回答は138例,67.4%でした.結果は以下のとおりです.
漏斗胸の治療は,患者さんの年令、性別、変形の程度、期待できる矯正の程度、術後の創痕などを総合的に考えて決めなくてはなりません.
これらを担当医から納得できるまでよくお聞きになり,担当医とのよい信頼関係のうえで手術を決断してください.
なにかご質問、ご相談がありましたら、直接外来へおこしくださるかメールをお寄せ下さい
2000.5.7作製
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